バイリンガルを育てるということ(バイリンガルの育て方・番外編)

私の独断と偏見による「バイリンガルの育て方」シリーズ。
今日は番外編として、最初にお伝えすべきだったことを書きます。
(前回は、コチラ(その11)/第1回から読みたい方は、コチラ(その1)

 

インプットの話が終わったので、次は語彙に移ろうと思っていたのですが、その前にひとつ確認しておきたいことが出てきたので、少し難しい話になってしまいましたが、読んでいただけると幸いです。

昨日、「おうち英語の会」の会員さん達と、オンラインの座談会を開き、2歳のお子さんから中学生のお子さんまでのお母さん方が、私を入れて10人ほど参加して下さいました。

いろんなお話が聞けて楽しかったのですが、その中でひとつ感じたのが、日本の英語育児やバイリンガル子育ては、なんだか習い事の一環というか、お勉強になっている、ということです。

別にそれはそれでいいのですが、純粋に「バイリンガルを育てる」ことは、習い事でも勉強でもなく、生来人間が持っている本能的な能力を、母国語である日本語だけでなく英語でも発揮させるだけのことなので、そんなに難しく考える必要はないんじゃないか、と思いました。

話はそれますが、私は夫の仕事でアメリカに駐在している時に、地元の大学の大学院で哲学を専攻しました。

アメリカでは分析哲学が主流で、分析哲学には必ず含まれる「言語哲学」が人気なので、私も言語哲学のクラスを取りました。

「言語哲学」というのは、言語について研究する「言語学」とは違い、「言語とは何か?」ということを研究する分野で、最近では「言葉は意味を持ちえない」などという学説が主流(?)になるぐらいワケの分からない学問なのですが(笑)、私もワケが分からないなりに、クラスでは日本語と英語という全く違う二言語を話す「バイリンガル」として扱われ、いろんな発言を求められました。

ですから、強制的に「言語とは何か?」ということをいろいろ考えさせられたのですが、哲学的な話は横に置いておくとして、実際的な意味で言えば、「言語」とは「人間が発声する音の、意味を持つ集合体」です。
(注:クリプキに反論する訳ではなく、あくまで便宜上「意味を持つ」としていますので、言語哲学にうるさい方がいらっしゃっても、突っ込まないで下さいね)

「言葉が意味を持つ」という所には(哲学界では)諸説ありますが、「言語が音である」ことに異論を唱える人は、(にわか哲学者としての)私の知る範囲では、今のところ見当たりません。

つまり、このブログの最初(↓)から言っているように、「言語」とは「音」です。
「言葉は脳に習得させる」

そして、人間は言語としての音を処理し、運用できる本能を持っています。

本能ですから、その習得に必要な条件が揃えば、例外なく誰でも習得します。

一般的に「バイリンガル」とは、二ヵ国語を話す人のことです。

仮に、教育を受けられず、読み書きは全然できなくても、二つの言語を流暢にしゃべれたら、その人は「文盲のバイリンガル」と言えるでしょう。

つまり、言葉を習得し、話せるようになるのは、教育(習い事や勉強)の賜物ではなく、人間の本能です。

ただ、環境や年齢によって、「無意識」で習得できるか、「自我」で習得して「無意識」に落とし込むか、が違うだけです。
(この境界が、いわゆる「9歳の壁」頃、つまり「大人としての自我」が完成し始める頃じゃないか、と私は個人的に思っています)
(参考記事:「青虫が蝶になって飛ぶために必要なこと
『おうち英語』と『かけ流し』の本当の意味」)

いずれにしろ、最終的には「無意識」の領域に落とし込んで「自我」で運用できるようになって初めて「使える英語をマスターした」と言えるのですが、そこに至るアプローチが年齢とともに変わってきます。
(なぜなら、自我の発達と共に、無意識で習得するのが難しくなるから。そして母国語の発達と共に、母国語のバリアができるから)

ですが、どんなアプローチを取ろうとも、本来「音」である言語(英語)をマスターするには、「無意識」レベルで脳が英語の「音」を処理できないと、「使える英語」にはなりません。

まぁ、少々アプローチが違っても、言語習得能力の高い子ども時代に英語を与えれば、どんなやり方でも効果はあるので、やらないよりはやった方が良いのですが、せっかくお金や時間やエネルギーをかけるなら、子供の生理(本能)にそったやり方で英語を習得させてあげるのが、親も子もラクで高い所に辿り着けると思います。

例えば、読み書きの教え方一つにしても、ラクで効果的なやり方があるのに、大変な上に親も子もストレスになってしまうやり方を続けた挙句、最終的に英語に対してネガティブな感情を持ってしまったりしたら、それは本当にもったいないと思います。

このブログでは、単なる方法論だけでなく、一応、そういう観点からの「バイリンガル育児」をお伝えしているつもりです。

おうち英語を続けていれば、バイリンガルの子供を育てることは難しいことではありません。

おうち英語が難しくなってくるのは、子供の「自我」が出始める頃からです。

ですが、言語の習得は人間の本能ですので、英語の習得も失敗のしようがありません。

バイリンガル育児が失敗するとしたら、途中でやめてしまうことだけだと思います。

せっかく子供が小さい頃に英語育児を始めたのに、子供の自我の発達と共に難しくなって、ネガティブな思いを抱いたまま英語をやめてしまう。

あるいは、英語は少しできるようになったけど、親子関係に悪影響が出てしまう。

そんなことがないよう、おうち英語に困った時の道しるべになれるよう、これからも、そんなブログを目指していきたいと思います。
次回「その12」につづく

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